ОГУРЕЦ

キュウリ美味しいね。

オーロラネイルに火を灯せ

 私は多分ケチである。他人から直接そう言われたわけではないし、意識して節約生活をしているつもりもないのだが、周りと比べるとケチケチした性格だなとは思う。
 例えば、ペットボトル飲料やアイス等のお菓子は絶対にコンビニでは買わない。どうしても食べたい・飲みたいコンビニオリジナル商品でもない限り、スーパーで買った方が絶対に安い。たかが数円~数十円の差だが、緊急事態でもないのにみすみすお金を取られるのは嫌なのだ。

 また学生時代、大学最寄り駅から電車で3駅ほどのところで塾講師のバイトをしていたときは、毎回金券ショップで切符を購入し、バイト先には正規の交通費を請求して1回につき10円ほど浮かせていたが、当時はお金のない学生だからというわけでなく、社会人になった今でも金券ショップには相変わらずお世話になっている。
 バイトをしていた当時は同級生にこの話をすると「毎回切符買いに行くくらいなら(金券ショップの多くは当日利用限定の切符を扱っているため買いだめはできない)もう1コマバイト入れた方が稼げるじゃん」と言われたが、そういうことではない。私がもう1コマ働いて入ってくるお金は普通の対価なのだから、なんのプラスにもならないではないか。

 そしてお金をみすみす無駄にしてしまった時のショックも非常に大きい。
 代表的なのは自動車教習所に通っていた時のことだが、路上講習の予約を10時から入っていたのを11時からだと勘違いして遅刻してしまい、当日キャンセル料1000円程度を取られたことは未だに許せない。キャンセルの理由が「面倒だからすっぽかした」など自分の意志であればまだ良かったが、原因が勘違いだし、しかも1時間後には行くつもりで準備もしていたのだから余計にモヤモヤする。どう考えても私が悪いし、キャンセル料だってさほど高いわけでもない。しかし自分のしょうもないミスで本来不要な出費をしたという事実が許せないのだ。未だにこれを書いていてやりようのない気持ちになっている。

 先日、芸人かまいたちの濱家さんが自身のYouTubeで公開していた「無駄遣い先生」という動画を観たのだが、「まさにこれだ!」とひどく共感した。


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 しかし、私は濱家さんのように貧乏育ちでお金のない中、少ないながらも貴重なお金を無駄にしてしまったが故の悔しさ……というわけではない。私の実家は決して資産家というわけではないが、世間一般的に見て裕福な方だったと思うし、幼少期から欲しいものは両親に言えば買ってもらえる環境で育ってきた——もっとも、思い返せばそもそも子供の頃からあまり物欲がなく、親に言って買ってもらったものも せいぜい数百円~数千円の文房具や本、一時期ハマっていた手芸の道具くらいだ。流行りのゲームやおもちゃなどには大して興味がなく、一人で黙々と趣味に没頭する人間だったので、我ながら安上がりな子供である。(塾や習い事には複数通っていたので、そういう面では随分お金をかけてもらっていたが)

 またリアルマネーに限らず、例えばゲームにおける「数に限りのあるHP回復アイテム」や「一度使うと次に使えるまで数ターン待たなければならない技」なども、タイミングを間違えて無駄にするのが怖くて出し渋ってしまう。間違えたところで自分自身には何の影響もないのに。こういう人間だからゲームを純粋に楽しめず、娯楽のはずなのに緊張し疲れてしまうため今もさほどゲームが好きではないのかもしれない。
 他にも、食べ物を残すのもかなり抵抗があるし、一人暮らしをしている今はお風呂のお湯も自分一人が入っただけなのにそのまま流してしまうのは勿体ないと感じて毎回ベランダの掃除に使っているし、晴れているのに洗濯物を干せないのは勿体ないが、下着や靴下、タオル数枚のために洗濯機を回すのはもっと勿体ない!と、毎日お風呂でウタマロ石鹸で手洗いしている。

 こう書くと環境に良い活動をしているように見えるし、過去に知人にこの話をして「丁寧な暮らしっぽい」と言われたことがあるが、どちらかというと「貧乏な暮らし」である。「丁寧な暮らし」が具体的にどういうものなのかは未だに分かっていないが、いずれにせよ多分違う。

 こんな感じで「何かを無駄にする」ことに強い恐怖心(と言うと大げさかもしれないが)を持っており、余計なものは買わないようにしているので、結果的に節約にはなっているし貯金もそれなりにある方だとは思う。そのためしっかりしていると褒められたり、節約術紹介のようなことをしたら需要があるんじゃないかなどと言ってもらえたりもするのだが、残念ながら私は「物欲が少ない上に小心者」なだけなので、浪費癖がある人やそうでなくてもお金を使うことに抵抗のない人が節約するための参考にはまるでならない。また、たかだか数百円のLINEスタンプを買うにも「使わなかったらどうしよう……」などと悩み、結局本当に使わなかったときの後悔が人一倍強いので精神衛生上よろしくなく、人様におすすめできるようなものでもないのだ。

 余談だが、LINEスタンプや電子書籍などの「手に取れるモノでもなく、失敗したと思っても捨てられないもの」にお金を使うのが一番怖い。手に取れるモノ——例えば電子ではなく紙の本であればブックオフ等に売ってわずかでもお金を取り返せるという面もあるが、それ以上に「捨ててしまえばなかったことになる」からである。何を言っているか分からないと思うし、自分でも上手く言葉にできないが、誤って(=無駄に)買ったモノが手元にあるのは自分がお金を無駄にしたという事実を常に突きつけられているいるようで、かなりのストレスを感じるのだ。
 しかしこの感覚は意外と分かる人もいるのか、かまいたち山内さんも「無駄遣い先生」の動画で「騙されて買った偽ブランド品を見るのも嫌で納屋の奥に押し込んだ」と言っていた。私は山内さんほど高額な無駄遣いをしたわけではないし、偽物を掴まされたわけでもないのだが、気持ちはよく分かる。というか私、大してファンでもない割に かまいたちYouTubeチャンネル観すぎでは?


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 貧乏育ちでもないのにここまで貧乏性というか、お金を使うことに恐怖心を抱いているのは何か強迫性障害の一種では?などと思い調べてみたのだが、実際に「節約強迫症」の特徴をテキトーに調べてみると、幾つか当てはまるものはあるものの、「旅行のお土産を買うのは無駄に感じる」「病気になってもできるだけ病院には行かない」など、さすがにそれはないなと感じる項目も多かったので、まだ「人よりちょっとお金にうるさい」くらいなのかもしれない。

 またここまでケチケチ チマチマしている私だが、この1年ほどは2~3週間に一度ネイルサロンに通っている。1回につき安くても5,000円、平均して1回1万円前後はかかるので、本当の節約家ならこれこそまず一番に削るべき出費だろう。さほど節約家でなくても普段ネイルをしない人ならば、定期的にネイルサロンに通うなんて贅沢・金遣いが荒いと思っても無理はない。
 しかし、今の私にとってのネイルはQOLを上げるためのものであり、いくら仕事で面倒な上司や取引先に文句やセクハラまがいなことを言われて精神がすり減っても「今日も私の爪は美しい……!」とギリギリなんとかプラスの気持ちを保てる栄養剤なのだから、これはもう実質医療費である。
 きっと世の中の、美味しい食べ物や旅行、服、推しへのお布施等々贅沢をしているように見える人の中にも、私のように「実質医療費」を支払って日々を耐え抜いている人々がたくさんいるのだろう。
 そんなこんなで、私は今日もキラキラと輝く爪に火を灯すような生活をしている。