ОГУРЕЦ

キュウリ美味しいね。

ロシアで迷子になって死にかけた話

方向音痴を自称する人間は多いが、果たしてその内何人がホンモノの方向音痴なのだろうか。
よくいる自称方向音痴の方々は「方向音痴だから○○までの道 全然分からない~」などとのたまうが、大抵その○○はその人が初めて訪れる場所・行ったことのない場所であり、それは断じて方向音痴などではない。ただ土地勘がないだけだ。
もし行ったことのない場所の道が分かるならそれはもはや人間Googleマップだ。私の理解の範疇を超える。

そんなエセ方向音痴が蔓延る中、自慢じゃないが私は正真正銘ホンモノの方向音痴を自負している。もし方向音痴世界大会でも開催されたら私は金メダル最有力候補だろう。いや、本当に何の自慢にもならないのだが。
適当な例を挙げるなら、来た道を正しく引き返すことができないレベルと言えば分かりやすいだろうか。私にしてみれば行きと帰りで見える風景が異なるのだから分かるわけがないのだが、世間の大多数はこれが分かるらしい。
一旦建物に入れば、外のどの方向に何があるか分からなくなるし、地下街なんて最悪だ。ダンジョンと名高い梅田はもちろん、長年住んでいるはずの神戸も未だに把握できていない。

そんな最強の方向音痴の私だが、2月14日からロシアのハバロフスクに留学中だ。成田から飛行機で3時間、時差は+1時間の日本から比較的近い田舎町である。
日本の地元ですら迷子になるような人間が 言葉もきちんと通じるか怪しい雪国に一人で飛び込むのは自殺行為に他ならず非常に恐れていたのだが、結局、慣れるまでは一人で外を出歩かなければ大丈夫!と高をくくっていた。

しかしそんな甘ったれた私に 神は早々に試練を与えたもうた。
手続きのためにバスで数十分ほどのところにある大学本部に一人で行かねばならなくなってしまったのだ。幸運なことに、クラスメートの日本人が行きは付き添ってくれたのだが、帰りは一人……
付き添いの日本人に降りるバス停を何度も確認し、とりあえずは大丈夫だと思った。その時は。

ところで 私たちホンモノの方向音痴の鉄則として、
『自分の記憶より人の言葉を信じろ』
『分かっているつもりでも人に聞け』
『勘なんてもってのほか』
というものがある。嘘。本当は今私が考えただけ。
しかしまあそんなわけで 一応降りるバス停は分かっていたものの、確認しておくに越したことはない。料金回収のおじさん(ロシアのバスには運転手とは別にこういうお仕事の人がいるようだ)に「××通りで降りたい」と伝えておいた。おじさんは「じゃあ××通りについたら言うね」と笑顔で答えてくれた。これでもう安心だ。

しばらくしておじさんが「××通りだよ」と言うので外を見ると、「あれ……こんな感じだっけ……?」という感じの風景が広がる。しかし方向音痴の鉄則『自分の記憶より人の言葉を信じろ』に従い、またおじさんも「ここだよ、降りな」みたいな顔をしていたのでとりあえず降りた。

違 う じ ゃ な い か ! !
そこは××通りの ひとつ手前のバス停だった。おじさんに対して多少の憤りを覚えつつも、この時はまだ楽観的だった。
私の乗ったバスは基本的に一本道を真っ直ぐ下るだけだったので、歩いていればそのうち着くだろう。
しばらく歩くと一度行ったことのあるお店が見えた。あそこから寮までなら帰れるぞ。あのお店に入れば万事解決だ!やったね!そう思って歩き進めたのだが……

なんと、途中から歩道が消えたではないか。正確に言うと一応歩道らしきものはあったのだが、橋とガードレールの間の細いスペースで、雪が20~30センチは積もっており、誰もここを歩いた形跡はない。しかしここを歩く以外に道はない。文字通りの意味で。とにかくひたすら前だけを見て、吹雪の中、膝まで雪に埋もれながら道なき道を歩いた。そしてなんとかお店まで辿り着いた。

暖かい店内で休憩をしてから再び寮へと歩き出したのだが、あれ、おかしいな。寮までの道が分からないよ……?とりあえず記憶を頼りに適当に進んでみたら余計に分からなくなった。どこだここは!
よほど人に尋ねようかと思ったが、そもそも人通りがまるでない。30分ほどさまよったが、どの方向を見ても雪で真っ白な風景が広がるばかりで、知人に電話して助けを求めようにも 自分が今どこにいるのかすら説明できない。マイナス20度の吹雪。もうすぐ日も落ちる。周りには何故かゴツい野犬が数匹。

ここは逃げるが勝ちだと、まださっきのお店の看板が見えるうちに店に戻り、その辺にいた警備員のおじいさんに本来降りるはずだったバス停付近の建物の写真(これを撮っていて命拾いした!)を見せて、ここに行きたいと伝えた。
「この道をずっと真っ直ぐ行って右だよ」
その言葉に従ってひたすら歩く。まるで見覚えのない景色が広がり、同時におじいさんへの不信感も広がりつつあったが、藁にもすがる思いで歩いて歩いてついにバス停にたどり着いた!
嗚呼おじいさん、疑ったりしてごめんなさい。貴方のことは一生忘れないよ。
そこから寮までは、安心感で寒さも忘れて小走りで駆け抜けた。案の定転んだ。

そんなこんなで約3時間の私の大冒険は幕を閉じた。バス停さえ間違えなければ10分とかからない道のりだったのだが。
この事件から数日後、また大学本部へ行く用事があったのだが、今度は一人で正しく行って帰ることができた。めでたしめでたし。